2015年度 第2回勉強会

スマホ社会の光と影

谷生芳彦氏( 株式会社ウェルスタイル代表取締役社長)


 5月1日、日吉キャンパスにて「スマホ社会の光と影」というテーマのもと、株式会社ウェルスタイル代表取締役社長、谷生芳彦氏をお招きして勉強会を行いました。

 

谷生氏の経歴


 株式会社ウェルスタイルを2010年に創業。日本発の家族SNS「wellnote」を作られた。また、それ以前は投資銀行のゴールドマンサックスに10年ほど勤務されていた。最初の4年は日本株の投資家を相手に、大手の金融機関に対して営業を行い、後半の6年間は事業法人の担当として財務まわりを広く手掛けられていた。

ウェルスタイル社の理念


 ウェルスタイル社の経営理念は「新しいライフスタイルの創造で人々を幸せに」である。その例として、谷生氏が大学生だった時には存在していなかったが今は広く浸透しているスマートフォンを紹介された。また、社のビジョンは「幸せな家族を増やす」である。この社の理念を実現するために提供しているのが家族間専用のSNSアプリケーション「wellnote」だ。

ソーシャルでないクローズドな家族間専用のSNS


 wellnoteはFacebookのようなオープンSNSと異なり、特定の限られた範囲内で投稿を共有するクローズドSNSという仕組みをとっている。wellnoteは家族間専用として位置づけられ、家族だけで動画や写真をシェアして残すことを目的としている。たとえば、子供の成長過程の写真を何枚もアップロードしていくにはFacebookはソーシャルすぎる。一方で、LINEでは投稿がどんどん流れていってしまう。思い出は共有して残っていくのが重要だ。

お茶の間を手のひらに


 かつて家族のコミュニケーションの場であったお茶の間は近年姿を消しつつある。多くの人々はテレビを見ながらスマートフォンやタブレットを触り、現実のお茶の間でスマートフォンを操作している。これらはセカンドスクリーンと呼ばれ、その存在は次第に大きくなってきている。そこでこのセカンドスクリーン上にリアルのお茶の間を再現しようとwellnoteが作られた。wellnote内には投稿すると自動でカレンダー表示に整理される機能、子供の健康状態を管理できる母子手帳機能、家族向けのニュースが流れるニュースフィード機能などが搭載され、現実のお茶の間の雰囲気を再現している。

新しいことをするにはまず知名度を上げる


 新しいことをするにはどんどんメディアに取り上げられて知名度を上げる必要がある。最近は色々なメディアに注目してもらっている。たとえば、おじいちゃん、おばあちゃんと孫の成長を見守っていく新しいクローズドSNSとして紹介されたことにより、auのシニア向け、およびジュニア向けスマートフォンにwellnoteがプリインストールされたこともある    

教室と家族をつなぐwellnoteスクール


 wellnoteのもう一つの顔にwellnoteスクールというものがある。こちらは家族と教育機関をつなぐことが目的だ。近年、世の中には共働きの世帯が増えている。親たちは働くために子供を預けなければならないが、学童や保育園での自分たちの子供の様子を心配する親は多い。そこで『「今日何したの?」が今届く!』をコンセプトにしたwellnoteスクールが、子供たちの様子を親たちへ発信するために使われている。

このwellnoteスクールには、まず顧客側にとって「普段見られない子供の様子をスマホアプリでいつでもどこでも確認できる」「ママに加えてパパ、おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に見守ることができる」「クローズドSNSがゆえにプライバシーが守られる」というメリットがある。さらに事業側にとっても、「1投稿1分で終了するため、ブログに比べてサーバーの面で負担が少ない」そして「家族の不安が軽減される」「親たちの口コミで人気が高まる期待がある」といったメリットがあり、顧客と事業者間のWin-Winの関係が保たれている。

 

学生との質疑応答


Q、SNSが人を不幸にするといわれる時世、そんな中で新たなSNSで逆転劇に出ようと思ったきっかけは何か

A、SNS疲れ、LINEいじめ、そういった問題があるからこそクローズドSNSの需要が出てきていると考えられる。Facebookでは言いたいことが言えない。LINEもこの一種だと考えている。たとえば、アメリカの若者間ではスナップチャットが流行っている。二言でいうと「クローズド」で「消える」というのがスナップチャットの素晴らしいところである。他にも、カップル専用のSNSとしてCouples、Betweenなどのアプリが生まれている。最近のトレンドはソーシャルからクローズドへ流れていると感じる。気軽にコミュニケーションができる家族だけの安心空間としてのニーズがwellnoteには期待される。もっといえば、人々のコミュニケーションはこの数年間でかなり変わってきていると思う。Facebookは5年前にはあまり利用者がいなかったが、現在は約2,400万人の利用者を抱えている。このような変化の中で、なぜ今クローズドSNSが流行しているのか。そこには「自分の親がFacebookを利用していたら少し嫌だ」といったユーザーの心理状態が関係している。なぜこのような心理状態が起こるかというと、人は家族とのコミュニケーションとソーシャル上のコミュニケーションを使い分けているからである。そうであれば、ソーシャルなアプリとは別に、家族とのコミュニケーション用のアプリがあれば良いだろうと考えた。

 

Q、wellnoteという名前を付けた理由を聞きたい

A、最初のコンセプトとして、家族×健康というアイデアがあった。たとえば、子供の身長と体重、お父さんの血糖値などを管理するといったものだ。ウェルスタイルのウェルはWellnessからとり、wellnoteはwellnessのnoteというように名づけた。

 

Q、ゴールドマンサックスになぜ入ったのか

A、ぼんやりと思っていたのは起業するためにはお金の流れをしっかり把握しておかないといけないということ。幅広い業種にかかわる仕事をすれば、そこで様々なビジネスアイデアが浮かぶのではないだろうかと思っていた。また、厳しい世界だと聞いていたため、ビジネスパーソンとしての能力を鍛えることができるとも考えていた。

 

Q、おばあちゃんおじいちゃんはスマホを持っていない、またはあまりケータイを使いこなせないのではないだろうか

A、おじいちゃんおばあちゃんがインターネットを使いこなせないというのは100%先入観だと考えている。65~70歳では80%近いインターネット利用率がある。ネット消費額をみても60代>30代である。また、65歳くらいの人はつい最近まで仕事でパソコンを使っていたので、スマホは持っていなくてもパソコンは使えることが多い。したがってwellnoteはまだ流行る可能性がある。新しいライフスタイルを作るためには、「おじいちゃんおばあちゃんも2,3年先には絶対使うはず」と先を見越して進めていく必要がある。

 

Q、ビジネスチャンスを見出す能力はどうやって身につければよいか

A、強い好奇心を持つことだと思う。そして、常識を疑うこと。常識は常識であるだけに、そのおかしさに気がつかないことがある。「これっておかしいよね」「こうしたほうがいいよね」と気づくことが重要。人々は本当に欲しいものは見せられるまで分からない。疑っていくことにビジネスチャンスは転がっていると感じる。たとえばwellnoteについても「おじいちゃんおばあちゃんは使わないだろう」という先入観があったが「そんなわけない。絶対使えるはず。」と考えて始めたのだ。

 昔はパソコンと言えば白いものばかりで、黒でも珍しかった。そんな中iMacというカラフルな流線型の丸いパソコンが発売された。そこから文房具や、掃除機のような家電にもカラフルでスケルトンなデザインが採用されていった。その時「これが世の中が変わっていく感じなのか」と感じた。

 昔から行っている習慣に、電車に乗るときは吊り広告を見るというものがある。広告を見て、誰をターゲットにしているのだろう、何を伝えたいのだろう、どうしてこうなのだろうと考えるようにしている。あるネットクリーニングの社長は、皆クリーニング店に衣類を持っていくけれど、別に持っていかなくてもよいだろうと言っていた。「なぜなのだろう」を1日に3つくらい考えると、いずれビジネスチャンスになるのではないかと思う。

 

Q、どういった人に助けられてきたか

A、ビジネスを始めても、最初は本当に何もない。人との出会いでしか事業は前には進まない。あらゆる出会いがビジネスに代わっていく。自分はプログラミングも、綺麗なデザインをつくることもできない。そのため、エンジニアとの出会いなど、自分にはないスキルを持った人との出会いはとても重要だった。あらゆる出会いが事業をするにあたって助けになる。

 

Q、起業するにあたり実際に仲間を集めるため、どのように自分のプランを伝えたか。また、10年務めた会社をやめるとなったときの覚悟、心境を教えてほしい

A、起業は仲間集め。まずは何かしら発信しなければならない。そして、「良いな」と思う人がいたら、自ら熱意を込めて口説く。そこにはあまり手法というものはなく、気合で頑張る。

 ゴールドマンサックスをやめたときは「死ぬとき後悔すると思ったから」が結論。自分は10年間ゴールドマンサックスに勤務していたが、その10年で積み上げてきたものは大きい。本当にこれを捨てていいのか悩んだが、このまま勤務を続けても良いのかと考えた。やはり世界に新たな波を作りたい。すべてを捨てて、1年目は給与ゼロだったが、ものすごく「生きている」と感じた。「明日死んでもいい」と思える人生を送りたい。10年もおらずにもっと早くに辞めても良かったかもしれない。

 

Q、数か月前にシリコンバレーにいった際、日本で事業資金を集めるのは難しいと聞いた。事業を動かしていくにあたって日本では難しいと思ったことはあるか

A、全くない。場所はどこでも同じで違うのは言語だけだと思っている。ゴールドマンサックスには世界中から一流の人材が集まっている。だからいろんな人種がいる。ウォール街、ロンドン、いろんなところで働いたが、言語が違うだけでやっている仕事はあまり変わらないと感じた。日本で成功しないベンチャーがアメリカに行って成功するとは思えない。シンガポールは税金が安いのでそういった意味では良いかもしれないが、だんだんとアジアの外資系の中心がシンガポールや香港へと移り、アジアの中心が東京ではなくなってきている、ということもある。

 

Q、大学に入るまでにすでに起業したいと思っていたきっかけとは

A、私は漠然と起業したいと考え、会社の経営にも興味があったため、経営学部へと進学した。しかし、法学部の学生が、必ずしも「法律が好きだ」という明確な理由をもって、法学部に進学しないのと同様に、「起業したい」という明確な気持ちはなかった。そのため今、過去を振り返ってみても、起業したいと感じた歴然としたきっかけは見当たらない。

 

Q、子供と直接接するのとWEB上で接するのはどちらが良いのか

A、どちらが良いという話ではないと思っている。たとえば、wellnoteでつながった家族では、話題が増えることによってリアルでのコミュニケーションも増えているという事実がある。このように、ネットのコミュニケーションが増えれば、リアルのコミュニケーションも増える。wellnote はそういう存在である。

 

Q、wellnoteの取り組みを始められた当時SNSはあまり流行っていなかったと思うが、なぜその中でSNS事業を行おうと考えたのか

A、当時、Facebookは日本で100万人くらいしかユーザーがいなかった。しかし、キャリアメールを使わずにFacebookでコミュニケーションが完結することはあった。企業内クローズドSNSというプレゼンを聞いたとき、家族コミュニケーションほどクローズドSNSに向いているものはないなと思った。Facebookをのぞかれるのはどこか嫌だけれど、別のSNSで親とコミュニケーションするのは気にならない。Facebookが普及したら家族用SNSのようなものが求められるに違いないと2010年頃に考えていた。

 Facebookがあることで、普段あまり会わない友達とコミュニケーションが生まれる。同様に、スマートフォンとそれに乗っかるコミュニケーションSNSがあることで、普段話さないおじいちゃんおばあちゃんと会話が生まれる。wellnoteは子供が最初に使うアプリケーションとして良いのではないかと注目されている。自分が何かを投稿することで誰かが喜んでくれるということを体験するのにwellnoteは向いていると考えている。

 

Q、大学生の頃のバイトは

A、家庭教師だった。ハードロックカフェのバーテンダーをやったこともあったが1週間で辞めてしまった。

 

Q、wellnoteの機能の一部はFacebookでも代用可能なものがあると思うが、機能の制限があるからこそ良いのか

A、人間はソーシャルとクローズドを使い分けているから、機能の問題ではなく「別のツール」として必要だと思っている。たとえば、Facebookは最近Messengerを別アプリにした。ほかにもグループの機能を切り離したGroupsというアプリがある。Facebookで最も投稿が多いのはグループへの投稿であり、人々はクローズドなコミュニケーションをFacebookに求めているといえる。

 

所感


 私はクローズドSNSという概念を今回初めて知りました。実際Facebookでは複数のグループを使い分けていますし、LINEでもサークル、履修仲間、遊び友達、というように複数のグループを作って会話をしています。考えてみると、自分の知り合い全員へ向けた投稿というのはあまり行っていません。確かにクローズド化へのニーズはあるだろうなと感じました。

 また、人が家族とのコミュニケーションとソーシャル上のコミュニケーションを使い分けるように、アプリも別のものにしてしまおうという考えは衝撃的でした。機能的には一つのアプリで完結できるものであるのに、人はそれを良しとしない。人間の感覚的な部分を正確にとらえて事業にしていくことの重要さを意識させられました。

 今後は常識を疑うこと、より良い解決法がないかどうか模索することを念頭に置き、過ごしていきたいと思います。

 

 今回ご講演いただきました谷生芳彦様、ありがとうございました。

 

文責:服部友俊