2014年度 第4回勉強会

科学の発展と生命倫理

張香理氏(埼玉県立小児医療センター)

山内泰子氏(川崎医療福祉大学医療福祉学研究所准教授)


6月28日、

埼玉県立小児医療センター遺伝科の張香理氏と、川崎医療福祉大学医療福祉学研究科准教授の山内泰子氏をお招きしてご講義いただきました。


遺伝カウンセリングとは


 はじめに、張氏が遺伝カウンセリングについて話してくださった。そもそも遺伝カウンセリングは「遺伝性疾患がもたらす医学的、心理的、家族的影響に対して人々がそれを理解し、適応することを支援するプロセス」だという。そして、遺伝カウンセリングには主に二つの側面があり、一つは遺伝に関する知識などの遺伝学的な側面、もう一つはカウンセリング心理学的な側面だと説明された。


 遺伝カウンセリングは「優生学に基づく優生相談からの脱却」と、「遺伝性疾患の原因が分かるようになったこと」を背景に登場してきたという。ここで、遺伝性疾患とは「遺伝子の変化による疾患」「染色体の変化による疾患」「多因子遺伝子による疾患」の三つのことを言い、遺伝要因(DNAや染色体)がその発症にかかわっている疾患のことを言う。


 遺伝要因の関与に程度に差はあっても、疾患のほとんど(がんや高血圧など)が遺伝性疾患と考えられることから、親から子へ受け渡す「遺伝」だけではなく、現在健康でも将来遺伝性疾患を発症することもありうるそうだ。ヒトは複数個の遺伝性疾患の遺伝子変異を持ち、また突然変異もあることから遺伝に関わる事柄は特別な家系でなく、すべての人の問題だといえる。  


 遺伝カウンセリングを受けるクライアントは、「どうしてなんですか」という問いを発する。その「どうしてなんですか」という言葉には二つの意味があると張氏はおっしゃった。 その二つの意味とは”Why did this happen?”と”Why did this happen to me?”つまり、「どうして起きたのか原因を知りたい」という遺伝学的な側面についての疑問と、「どうして他の人ではなく私に起きてしまったのか」という心理学的な側面についての疑問である。 


 ここで、張氏は出生前遺伝カウンセリングについて具体的な事例を出してくださり、私たちの意見を求めた。いずれも高齢出産を迎えるにあたり、出生前診断である羊水検査を行ったほうが良いのかどうかという相談だった。  


 張氏は、このような相談に対してまず、ニュートラルな気持ちになることが大切だとおっしゃった。例えば「障碍を持った子どもを持てば普通の生活ができなくなる」といった場合、「そもそも普通の生活とは何なのか、障碍のない子どもを持ったら普通の生活ができるのか」など、主観に振り回されることなく、クライアントが後悔しない結論を出せるよう、正しい情報を提供することが大切なのだという。  


 そして張氏は、ダウン症や中絶、羊水検査についても話してくださった。ダウン症の子どもはお金がかかると思われがちだが、必要な医療費等については行政から手当がつくことがほとんどという。そもそもダウン症の赤ちゃんの7割は流産してしまうという。中絶について、中絶には初期と中期があるという。初期の中絶と違い中期の中絶は入院を必要とし、薬を利用して赤ちゃんを産むのだという。羊水検査は、費用が15万~20万かかり、羊水検査を行うことで流産を招く恐れもあるという。世の中には、先天的な異常があると認められる小児は100人中5人程度いる。しかし、羊水検査で分かるのはその中の1人以下なのだそうだ。


認定遺伝カウンセラーとは


 次に、山内氏が認定遺伝カウンセラーの制度や現状について話してくださった。  認定遺伝カウンセラーとは、「遺伝に関わる問題に直面した方々を支援する新しい専門職」であるとおっしゃった。  そして山内氏は、人間だれしもが遺伝に関わる問題に直面する可能性があるとおっしゃった。なぜならば、一人当たり数個~50個の遺伝性疾患の原因となる遺伝子の変異があるからだそうだ。 認定遺伝カウンセラーは日本では2005年に資格試験がスタートし、現在138名(2013年6月講義当時)いるという。国内10校の認定施設があり、資格試験を受け、合格することで資格取得ができる。資格は5年ごとの更新制となっているという。


 認定遺伝カウンセラーは修士課程に設置されており、それまではどの学部に所属していても良く、山内氏は農学部の出身だとおっしゃった。 そして、様々な職種の方と関わる仕事である認定遺伝カウンセラーにとって、もっとも重要なことは協調性だと言われているという。 


 日本は海外に比べ、2005年スタートである認定遺伝カウンセラーの制度は遅れていると言われているが、先人たちの努力のおかげで進歩してきているのだという。 現在日本は海外と同じく「7つの専門職としての要件」を揃えており、これからも毎年20人程度ずつ増えていくという。各県に必ずひとつは遺伝医療および遺伝カウンセリングを受けることができる病院がある状態で、全国遺伝子医療部門連絡会議のHP<http://www.idenshiiryoubumon.org/>に記載されている。そこには臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなどの専門家がいるそうだ。臨床遺伝専門医については日本人類遺伝学会のHP内<http://www.jbmg.jp/>に所属病院と合わせて掲載されている。 徐々に窓口ができつつあり、整備されてきている状況をぜひみなさんには知っていてもらいたい、と山内氏は述べられた。


所感


 今回は初めて講師の方をお二人もお招きしての講義で非常に有意義な内容でした。また、提示された事例などは全く他人事とは思えず、自分の中での価値観や、社会的に見た価値観について大変考えさせられました。 


 今回ご講義いただました張香理様、山内泰子様、本当にありがとうございました。


文責:中杉郁佳